最近工房では立て続けにハイアーチバイオリンの大修理を手掛けております。
ハイアーチとは18世紀頃までによく見られる隆起の高い楽器のことですが、時代が新しくなるにつれて徐々に少なくなり、現代の新作楽器でハイアーチは殆ど取り入れられなくなりました。
一般的によく挙げられる理由として、宮廷音楽に使用されていた弦楽器が徐々に大きなホールで弾かれるようになり、人々の弦楽器に対する要求が変化していったというものですが、そもそもハイアーチの楽器を上手に作ること自体が難しかったということも一つあるのだと思います。
表板、裏板の強度は、普通弦の張力によって負荷のかかる中心部分は強く、外側に向かって徐々に弱くなるように作ります。
通常板は厚ければ強度はあるが振動しにくく、逆に薄くなるほど振動はし易くなるが強度は弱くなります。
ここで重要なことは、板の強さと厚みは必ずしも比例しないということです。
どういうことかというと、同じ厚みでも平らなものよりもカーブしているものの方が強く、カーブがきつくなる程より強度も強くなります。
下の動画は厚みが同じ1mmで直径がそれぞれ10mm、20mm、30mmのアルミ製の筒を叩いた時の音の変化を表した動画です。
直径が大きくなる(カーブが緩くなる)に従って音が低くなることがお分かりいただけるかと思います。
このようなカーブの緩急による強度の変化がバイオリンのアーチ内で起こっており、当然カーブの強い箇所はそれに伴って板も薄く削りこまなければなりません。
特にハイアーチの場合このカーブの仕方が急激なため、板もかなり薄く削り込む必要があり、腰のくびれた部分などは縦、横、斜めに隆起が複雑に絡み合っているため、板の強度バランスを取ることがとても難しくなります。
薄くし過ぎると割れたり歪んだりしやすくなりますし、かといって全体的に厚めに作ると当然鳴りにくくなります。
このあたりのバランスが通常のミディアムアーチよりも非常に繊細で難しいところです。
ハイアーチの楽器に対して現代の製作学校で教わるような標準的な厚み配分(厚みのグラデーション)で作ったところで、あまり良い結果は得られないでしょう。
強度を保ったままどれだけ振動しやすい板を削り出すかというのが弦楽器製作における大命題です。
上手く作られているハイアーチの楽器は音量も十分にあり、とても魅力的な音色を持っていますが、少し長くなりましたので続きはまた次回。